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A ct(青黄)



薄い薄い皮膚の下、躍動する肉、熱き血潮が潜む、さらにその下、

あなたのこころに触れたい。

 
A  ct(青黄)

 

 

「っふ、黄瀬、おまえ、なにやってん、だよ」

 

耳元で囁かれる低い音に、体の温度が増す。

青峰っちの声、本人には言ったこと無いけど、すごく好きだ。

例えば、バスケットボールを操る様に器用に俺の体を這う指も、大量の食べ物を消費する口がキスの雨を降らせるのも、好きだけど。

シている時に囁く声が、俺の名前を呼ぶその声が、俺にとっては何よりも。

 

「ん、確かめてるんっス、よ」

浅黒いけれどなめらかな背中、耳の後ろの小さなほくろ、ゆるやかに動くのど仏。

あと数時間もすれば、確かめられなくなるから。

手で、目で、舌で。

俺の全てで、この人の輪郭を確かめたい。

 

本当に、触れたいところには、手が届かないから。

 

 

 

「ん、あ」

何時もバスケをしているのが当たり前で、故に常に少しかさついている指先が、俺の体を拓こうと、確実に着実に責めていく。

 

きもちいい。

 

力の入れ方、方向、緩急。

全て、馴らされ染められ溺れさせられている。

それがこんなに嬉しいなんて、男として俺はやっぱりおかしいんだろうか。

 

「何をかはしんねーけど。どうやらまだヤってる最中に別のこと考えられるくらいには、余裕があんだな?」

 

ハッとして自分に覆いかぶさろうとしている相手を見ると、ぎらぎらとした瞳に、怒気の色が灯っていた。しまった。

 

「やっ、ちが、だめ、青峰、っち! あ、っ」

一瞬瞼の裏が光ったかと思うと、先ほどまでは聞こえていた、緩いスプリングの軋む音さえ全て吹き飛んで、俺は突如深く捻じ込まれてきた熱い欲望しか感じられなくなった。

 

「あ、やらっ、ン、そこ、そこは、やぁ・・・っ」

「っハ、あいっかわらずエッロ・・・」

 

―――初めてのときは、中3になる前の春休みだった。

今もそうだけれど、その時ですらお互いに彼女が居て、どうしてセックスしようと言うことになったのか、明確にはよくわからない。ただ、俺は、青峰っちの『特別』が欲しかった。たとえそれがどんな形であれ。

正直自分はともかくあの青峰っちが男の俺の身体に勃つとは思っていなかったから、予想に反して萎えることもなく、寧ろその日のうちに一通り試して上々だった身体の相性には頭を抱えた。

 

せめて、俺は痛いとかだったら、よかったのに。

 

「ア、い、やッ……んあッ、イイ……ッ」

 

恐ろしいことに。

女の子は最中に相手の男のために快楽に溺れる演技をするものらしいが、俺は初めての時から今に至るまで、最中に演技などしたことがなかった。まあ最初は勿論、気分を盛り上げるために、多少のリップサービスはした。青峰っちは絶対そういうのが好きだと踏んで(そしてそれはやっぱりその通りだった)、わざとやらしい言葉を選んで大げさに褒めたりもした。けれど、途中からサービスする必要もなくなった。直接身体を弄られて漏れた溜息も、喉の奥に引っかかる感嘆も、どれも自然と出てしまうもので、行為が進むにつれ我慢するのも惜しいくらいの快楽に酔った。それに気づいた青峰っちが、AV女優並に淫乱な言葉遣いをしていた俺の唇に満足そうにキスを落とし、お前、かわいいな、俺の物じゃないのが惜しいわと薄く笑ったその時に。

 

俺は、間違えたのだと気づいた。

 

この人の『特別』が、俺は欲しかった。

そして手に入れた。願いは叶ったのだ。

今の関係は『特別』で、俺しか掴むことはできない。

青峰っちが、「手に入れたいけれど手に入らない物」という立ち位置。

 

これからずっと、いつかこの関係に終わりが来る時まで、俺は『ずっと誰かの物である俺』でなくてはならない、と。

 

そのことに気付いて。

軽く触れただけの唇が甘く甘く爛れているのに、

蹂躙された体のあちこちは未だに熱くて堪らなく、脳は湯銭にかけられたチョコレートの様にとろとろと溶けだしそうなのに。

 

俺ですらその場所がどこにあるのか分からない、

たぶん、痛みの方向から心臓の間近にあると思われる、

こころだけは、固く凍ってしまった。

 

 

「あー、ヤベ、は…っ、俺…そろそろ………ッ」

 

それでも、耳元に響く浮かされた熱を求めて、漫然と関係は続いている。

声の主が荒々しく腰を穿つ度に落ちてくる汗とくぐもった息が、自分にはある筈がない器官があるかのように錯覚させる。あられもなく響く水音は自分が生成したものではないし、子宮だって直腸だって、あれば必ずそれ以上先に進めない限界はあるけれど。

 

「あ、おみね…っち、やぁっ、もっと、アッ…もっと…ッ」

 

きて。

もっともっと奥へ、戻れない深い深いところまで。

 

「おっま、……」

 

ギリッと青峰っちが奥歯を噛みしめる音が聞こえた気がした。

見下ろしている強面の顔が、眉間のしわが深くなることによってさらに凶悪になる。

ああ、またそんな顔して。

見得ないはずの臓器が、俺の最奥が、疼くからやめて欲しい。

そんな顔を、彼女にも見せているの?怖がられたりしないの?

――それとも、そんなふうな顔を見せるのは俺だけなの?

ほんの少しだけ、胸の辺りの氷がじわじわと溶けだしたような気がして、俺は自嘲気味に笑った。妄想で優越感に酔うなんて馬鹿だ。

 

「なに、嗤ってんだ、よッ」

「ふふ、 っ、ン、そこ、す、き…んッ」

「……は、煽るんじゃね…ッ」

 

今思えば、あの日を、一度きりの過ちにしてしまうことも出来たのかもしれない。

本当の意味で「手に入れたいけれど手に入らない」存在になるためには、もっと俺自身、あの後誘われたからと言って浅はかに身体を許さず、勿体ぶるフリだけでもした方がよかったのかもしれない。

 

それでも、一度知ってしまったら、もう、戻れない。

手に入らなくても、こころに触れられなくても、それでも。

 

この場所に居る時だけは、アンタを好きだって言っても許されるから。

 

 

 

 

「…彼女さん、まだ大丈夫なんスか?」

「ん、……あー、もうそんな時間か?あと1時間くらいはあっけど」

「ま、じゃ、俺そろそろ行くっスわ。鉢合わせなんかしたらたまんねーし。掃除とか換気はやっといてよ、ばれないとは思うけど。あーでも!ベッド周辺とかは流石に何もしないのはマズいッスよ?」

「んー、おー」

 

黄瀬はシャワーを浴びる様子も見せずに早々に帰り支度をし始めた。

…とは言っても、いつも通りの行動だ。

黄瀬が俺の部屋に来ること自体は多い。割と頻繁に訪れるテツや火神と比べても、その差は歴然としている。けれど、部屋の中での行動範囲はずっと狭い。たとえば他のキセキの奴らや大学のダチであれば、面白がって出入りしたがるようなバスルームへ入ることや、触らないような所などに触れるといった、俺個人のプライベートスペースに自分が侵入することを、黄瀬は酷く嫌がった。――ベッド以外は。

 

先程の行為で喉を枯らしているようだった黄瀬に、ペットボトルを投げてやる。

ん、ありがとッス、と一口嚥下すると、再度俺に投げ返す。

そうやっていつも通り一つのペットボトルの水をお互い分け与えてから、簡単に情事のあとの後始末をして、衣服を身に着けた黄瀬はひらりと帰って行った。

 

 

黄瀬を送り出してから、張りつめていた何かが緩んだ俺は、黄瀬の前ではつかない深く長い溜息をついた。

次の約束はしなかった。

それはこの関係を始めた時から変わらない暗黙のルールのようなものだ。

例えば、会うことを約束する時は出来る限り、直接会っているときにして携帯などに証拠を残さないようにすること。例えば、黄瀬は職業柄身体を人前に晒すことが多く、そしてお互い部活やらで着替えることが多いから、行為の時の痕は残さないこと。例えば、セックスすると分かっていて部屋を訪れるときには、部屋に匂いが残るとまずいから香水はつけてこないこと。

等々、そういう、俺と黄瀬の間には互いに口にて確認したりはしない暗黙のルールが馬鹿みたいにたくさんある。

何が馬鹿らしいかって、その一つ一つを丁寧に守ることで、全てを開放するベッドの上での快感が増し、それを黄瀬も俺も楽しんでいることだ。同時にすべてを雁字搦めにされていることも知りながら。

 

頭をがしがしとかき混ぜて、先ほどのペットボトルの蓋をあけ、喉に流し込む。

不味い。

別に飲めないというわけではないけれど、なんでこんなモンを好むんだろうか。

ボトルの水は正直俺の部屋には不似合いな、フランスの硬水だ。

昔からずっとその銘柄を好む黄瀬のために、それが俺の冷蔵庫からこれまで切れたことは今のところ、ない。

その意味を、黄瀬は気付いているのだろうか。

…恐らく、そんなことに気付く余裕もない。

そもそも、俺自身が硬水なんて好まないことすら、気づいていないかもしれない。

 

存在を目の当たりにしたことすらない俺の今の相手に、頻繁に部屋を訪れる自分自身という「誰か」がいる痕跡を残さぬよう、己の言動に気を張るだけで精一杯なのが、普段は気が利かないと言われる俺にですら、感じ取ることができた。

 

つい先ほどまで愛し合っていたベッドのシーツを撫ぜる。

柔らかくしっとりとそこは愛欲に泥濘んでいた。

シーツの波に溺れそうになりながら、必死に俺にしがみつこうとする黄瀬の金髪が幻覚の中でもさらさらと美しく、そして捉えどころがなかった。

 

 

「お前抱けるのに、なんで女なんか抱くんだよ、バァカ」

 

ベットを降りれば、そこが舞台の上。

黄瀬が出ていった、これから誰が来ることもない扉を見つめて、終わりの見えないこの関係を始めたことを、そして簡単には終わらせる術を思い浮かばない自身を呪った。



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K nife(赤降)

 
 
あの鮮烈な出会いから、どうしてこういう関係になったのか。
それは正直俺としてもさっぱりわからない。
 
 
  nife(赤降)



どうしたの光樹、と赤髪の彼はゆったりとした動作で俺の髪を透きながら瞳を緩める。
その優しい動きに胸の辺りがくすぐったくなるような思いを抱きながら、俺の答えを待っている彼に正直に伝える。
初めて会った時のこと、考えてた。
ああ、と赤司は少し微妙な顔をした。
俺が、まだ中にいた頃のことだね。
うんそう、と目の前の彼に努めて柔らかく微笑む。
慮る、というほどのことはないけれど、このくらいはした方がよいだろう。あのときはまだ、赤司は、今俺に触れている赤司ではなかった。その事実を、知り、認め、自分でもいまだに信じられないけど、赤司から思いを告げられ、好きになって――紆余曲折を経て、今に至るわけだけれど。互いの休日を合わせ、一緒のベッドで一夜を共にし、翌日の朝まで一緒に過ごすようになった現在でさえ、あの時のことはなんとも形容しがたい。
 
―――いきなりのアレは、びっくりしたなあ。
…これから一生、あの場にいたメンバーにはあの時のことを言われ続けることを甘受するつもりだよ。
 
ほんの少し、形の良い眉尻を下げて赤司は笑った。
本人としてもあの時の行動は――たとえ、それがもう一人の自分、の行動であったとしても――いろいろと、思ってしまうところがあるのだろう。
 
火神には一応、WCが終わってからあの時のことを謝ったんだが。
ああうん、俺も火神から聞いたよ。
しかし、なんというか…謝って逆に拍子抜けされた感が否めなかった。
あー…、うん、そうかもしれないね?火神も最初に会った時とのギャップに驚いたのかも。
 
実際、黒子にこちらが本来の赤司君です、と、改めて再び紹介された赤司は、俺が最初に出会った赤司とは格段に雰囲気が違った。コートに立っているときは、…まあ、勝負事の場だからプレイヤーならば誰しもいつもと違う雰囲気を纏うことがあってもおかしくないのだけど。
通常の状態でここまで違うのか、と。
圧倒的な存在感やスマートな物腰、溢れる英知は恐らく2人の赤司の中で共有し身に着けているものなのだろうが、その強いオーラの醸し出し方が全く違う。一言で言えば、対他人に対しての柔らかさが違うのだ。特に表情や声色にそれが顕著で、人間の印象は造形そのものよりも、対人に発せられるものによって決まるという教師の言葉を思い出し、赤司が二重人格であることを聞いていたとはいえ、実際に目の当たりにして妙に納得がいった。しかしそれでも、そのギャップに簡単に慣れることなど簡単にできるわけではなく。
 
 
今だから言えるけど、俺、最初は赤司のことすげー怖かった。
…知っていたつもりだったけど、直接光樹の口と聞くと、ショックだな。
ふふ、ごめん。でも不思議だよな、って。あんなに怖かったのに、今じゃこんなふうに付き合ってるんだから。なんでなんだろうなあ。
…光樹は、吊り橋効果のことは知ってるだろう?
え?うん。一緒に怖い思いをしたり、怖い思いをした後に一緒にいたりすると、恋愛感情が芽生えやすくなる、っていうやつだろ?…え、もしかして赤司は俺が赤司を好きになったのは吊り橋効果のせいだと思ってるの?それは違うよ?
……どうして?
だって俺が赤司を好きになったのは、赤司が告白してくれた後だから。だからあの日は吊り橋効果にはあってないよ。まあ…告白してくれた時も、全然怖くなかった?って言われると…困るけど…えっと、でも…
 
段々と墓穴を掘り、あわあわとし始めた俺を、赤司は仕方ないなあと肩を竦めて、いいんだよ、と笑った。
こればっかりは光樹に限ったことじゃないんだ、相手に威圧感というか、プレッシャーを与えてしまうのは、どうやら俺の方にも問題があるみたいだから。そうか、吊り橋効果じゃなかったのか。…でも。
 
珍しくいつも歯切れの良い赤司が口ごもったので、俺は首を傾げた。
どうしたの赤司。そう尋ねつつ、先ほどとは逆に、そっと手を伸ばして俺が赤司の髪を梳く。限りなくゆっくりと、丁寧に。俺の手つきが、彼に不安ではなく、安堵を与えられるように。
 
少し目を見開いた赤司が、ふいに悲しげな顔をして、一瞬でそれを押し込めて。言った。
 
「ナイフだったら、良かったのかな」
「え」
「はさみなんかじゃなくて、ナイフだったら。
もっと強烈に恐怖を感じさせられていたら。
そしたら、光樹はもっと早く 僕 とこうなってくれてた?」
 
やだな、そんな顔しないでくれよ、冗談なのに本気みたいになってしまうだろ。
俺はそんなに冗談が下手?と尋ねられ、ううん、そんなことないよ、とゆるく首を振った。
 
 
普段、眠りにつくのは俺の方が早い。
けれど、今日は夜が更けて明朝と呼ばれる時間が近づいても寝付くことが出来なかった。
とは言え、赤司に俺が眠れないことを気にさせるわけにはいかなかったので、俺はおやすみを言った後、目を閉じたままでいた。眠っているふりは当然すぐにばれる。けれど、疲れすぎて眠れないような、心と体が乖離してしまうということもあるのだということを大人になって知った俺たちは、同時にそのちぐはぐに気付いていても相手の行動を甘受する癖を身に着けた。
目を瞑ったままの俺への、赤司の囁きにも似た労わりの言葉と母親が揺籠を揺らすような優しい動作に満たされながら、俺は幸せなひと時を過ごし、赤司が眠りにつく頃合いを見計らって、そっと瞼をあけた。
灯りはベッドルームのベッドから一番遠い端の隅っこで、小さい橙がほんのりと灯されたままになっている。赤司の部屋のカーテンは当然の様に重厚で、カーテンの向こう側は宝箱の様に光に溢れているはずなのだが、華々しい明かりはその奥で息を潜めている。
薄ぼんやりとした視界の中、俺の目の前で赤司は穏やかに寝息を立てていた。
学生時代と変わることなく、年齢に比べて少し幼く見えてしまう美しい顔だ。けれど、年齢相応に疲れは溜まるのだろう、目の下にうっすらと隈が出来ているのがこの距離だと分かる。昨日まで大きなコンペの準備に追われていたと言っていた。俺が知っている限り、学生の頃から多忙を極めていた赤司は、大人になっても当然の様に様々なことに忙殺される毎日を送っている。父親に任されているグループの関連会社の業務をする傍ら、彼個人で赤司グループとは関係の無い株取引や、日本のプロバスケットボールチームに関連する取引にも携わっているらしい。仕事のことを詳しく尋ねても良いのか測りかねるので聞きたいことを全て聞けてはいないけれど、おそらく、俺が知らないだけで俺が想像するよりずっと様々な事業に、多くの人に、必要とされている。そして赤司自身も、それをこなすことを当たり前のように思っているようだった。休息ですら、仕事を効率的に行うための一種のカリキュラムの様にこなしているのを見ると、せめて俺のそばに居る時くらいは、柵を忘れてゆっくりとしてほしいと願う。きっとほとんど誰も見たことがない赤司の無防備な寝顔は、普段よりこんなにも幼く見えてしまうのだから、なおさら。
俺にだけに許された稀有な時間を楽しみながら、俺は眠れなくなった原因について思いを馳せた。
 
 
あの時、二の句が告げられなかったのは、「彼」の出現に驚いたからではない。
こうやって「彼」が俺の前に現れるのは、初めてのことでないのだ。
 
時々、赤司ですら気づいていないのかもしれないが、もう一人の彼、が一瞬だけ顔を出す。
本当に一瞬だ。ただの言い間違いなのかと思ってしまうくらいの、時間の歪み(ひずみ)の間だけ。
それでも俺には分かる。
彼が、俺に会いに来た、と。
 
 
「せいじゅうろう」
 
暗闇の静寂(しじま)を切り裂くように、いつもは口にしない、恋人の名前を呟く。
焼け切るような熱さが喉奥を通り抜ける。
同時に眉間の奥が熱と痛みを孕み重くなり、零れ落ちたのは名前だけではないと濡れた頬で感じる。
俺の呼びかけにもちろん返事はない。
だって赤司は、いや、「彼」は俺の目の前で健やかに眠りについている。
 
だから本当に切り裂かれたのは空間ではなく、俺の胸のどこかなのだと思う。
 
 
赤司から、下の名前で呼んでくれないか、と言われた時があった。
恋人同士なのだから当然と言えば当然だ。けれど俺は、恥ずかしいから、とか、周りの奴に感づかれてしまうからとかなんとか、一度適当に理由を見繕って断ってしまった。赤司はほんの少し悲しげに笑い、それ以来、その話題を上らせない。本当は、もっと理由を突き詰めて逃げ場のない懇願をしてきたり、最悪口をきいてくれないくらいへそを曲げられてしまうかもしれないとも思ったのだが、その後の赤司は拍子抜けしてしまうくらい変わらなかった。
 
そしてそれに安堵してしまっている俺を、見えない刃は深く深く切り裂いていく。
 
 
 
一目ぼれした「彼」、を、剃刀のような人だと、思っていた。
 
すっぱりと切れて、傷自体はパッと見にはそんなに深く見えないのに、水に触れるとその存在を一気に思い出す。真綿でじわじわと追い詰めるなんて可愛い物じゃなく、鋭い痛みで意識を縛って忘れさせなくさせる。その烈しさすら愛しい。
俺は最初から、「赤司征十郎」の虜だった。
その名前を、確かめるように、宝物のように、秘密のお守りの様に、誰にも咎められない一人きりの時にひっそりと呼んでしまうくらいには。
だから、再会した「彼」が、俺の想い人でなくなっていたことに、俺は酷く狼狽した。
二度目の「初めまして」が永久に近い失恋の瞬間だった、そのときの俺の絶望を誰が分かってくれるだろうか。
それだけじゃない。あろうことか俺の好きになった赤司ではない赤司が、黒子の言う「本来の赤司」が、俺に好きだと告げた時の動揺と狼狽。その後の、好きになった相手に好かれているはずなのにどうすることも出来ない自分へのもどかしさと、一目ぼれした相手とは違うはずの赤司に好かれているのに嬉しさを感じてしまうことへの自分への嫌悪は、誰にも理解できないと思う。いや、理解してほしいと思わない。
あの痛みは、俺だけのものだ。大事すぎて誰にも否定されたくない。
だからそのことで人知れず枕を濡らした日々のことを、俺はこれから一生赤司に言うつもりはない。
笑い話にもできないくらい、俺にとって大事なことなのだ。
 
赤司と過ごす中で気づいた、「彼」の出現は、実は付き合うことを決めた後のことだ。もちろん戸惑った。最初はもう一人の「彼」が、赤司に近づくなと忠告しにきたのかと思った。何せ男同士だ。もう一人の自分が選んだ相手を許せないと思っているのだと思った。ようやく気持ちを落ち着かせて好きな人と付き合えると思ったのに、突如失恋した相手に付き合うなと言われると思って、俺は涙目だった。というより、たぶん泣いていた。
けれど、「彼」は言ったのだ。
「「俺」を、よろしく」と。
するりと俺の涙を拭いて一瞬で去って行った「彼」に、待って、と言いそうになったのをぐっとこらえた。それは彼の本意ではない気がした。
 
ムシの良い話かもしれない。
けれど。
 
もう一人の彼もまた、赤司征十郎であり、俺のことを愛していてくれているから。
自惚れかもしれないけれど。
彼が存在を垣間見せるのは、どうやら本当に俺の前だけのようで、俺と赤司を心配してる時だけのようだから。
 
大好きだよ、赤司、征十郎。
俺の中で2人を同一人物として受け入れることがまだ出来ていないだけで、
どちらの君も、大切なんだよ。
愛しているんだ。
だから大丈夫、安心していいんだよ。
 
刃物の様に、使いようによって人を傷つけることも助けることも出来る君を。
ずっとずっと、緩やかに、手入れしてあげたいのだと。
 
ナイフでも、剃刀でも、はさみでも。
全て使い方次第。愛情のかけ方次第で、ながく、ながくもつ。
馬鹿と鋏は使いようというから。
馬鹿な俺は、全力で傷つきながら、2人の君を愛すよ。
 
今はまだ、名前を呼べない理由を伝えられない目の前の赤司に、ごめんね、大好きだよとだけ呟いて、俺は泣きつかれて眠りについた。
 
 
 
 
 
 
――――もだよ、

そうつぶやいたのが誰だったのかは、揺れる燈火だけが知っている。
 


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B reath(緑高)

初めて見た時、
酷く、生きにくそうな奴だと思ったんだ。
 


B reath(緑高)

 
その姿を初めて間近で見たのは、入学式より少し前のことだ。
そこそこの進学校でありながら、長年強豪の看板を背負っている秀徳高校バスケ部は、入学前の春休みから新一年生を練習に参加させる。
4月に入れば入学式・オリエンテーション・入学実力テストと慌ただしく、5月になればすぐにインターハイの予選が始まる。それならば少しでも早くバスケ部の空気に慣れるように、との配慮のためである。
 
そこで、俺は『キセキの世代・緑間真太郎』とまみえることとなった。
 
俺も中学からずっとバスケをしてきたから、その存在とか、顔や特徴くらいは知っていた。なにせ『帝光中学のキセキの世代』ともなれば、月バスで特集されるくらいなのだ。
試合で当たることなど無くても、存在くらい嫌でも認知できる。
 
けれど、やっぱり紙の上で見るのと、実際に見るのは違うのだと、その姿を目に映して実感した。
 
そこに存在していたのは、圧倒的な『王者』の風貌だった。
 
バスケをしている人間なら誰もが羨む、神様に愛された才能、恵まれた高い身長、追随を許さない身体能力。さらに整った端正な顔だちとやたら目を引く容姿、相手を圧倒する存在感。プラスアルファで、どうやら頭もいいらしい。
 
「なのだよ」という変わった言葉遣いと、部内で一日三つまで我儘が通る、という目に見える贔屓は確かに他者を遠ざけるには十分な材料だったけれど、それはあくまでも材料。もしもほんの数滴でも、この男に親しみやすさというエッセンスがあったなら、もっとこいつの、いち人間としての見られ方は違ったのかもしれない、と、俺は思った。
 
先輩や同級生たちは、緑間のことを一言『変人』という言葉でくくった。
いや、変人なのは確かに間違いない。
けれど俺には緑間は、あまりにも色々なものに頑な過ぎて、自分でもハイスペックをもてあまし、自分自身を料理しきれていないように感じた。
 
面白い。
 
無いスペックをある様に見せようとする奴や、自分のスペックを過大評価する奴、そういう奴はこれまで嫌と言うほど見てきた。
けれど、たくさんの宝石をぶら下げて、ここまで無防備でいる人間は初めてだ。
 
だから俺は、あいつと少し、距離を詰めてみよう、と思ったのだ。
 
 
生きにくそうな人間に、ほんの少しだけ『生きやすくなる方法』を示すこと。
それは俺が最も得意なことの一つであると自負していたし、俺の中にほんのりと優越感を灯す行為の一つだった。
 
人との距離を詰めるには、実はいくつかのポイントを押さえればそう難しいことではない、というのが俺の持論だ。
好きなことを知ること。
自分からよわさをみせること。
苦手なことを強要しないこと。
エトセトラ、エトセトラ。
 
共に過ごす教室の中、コートの中、登下校の時間の中で、少しずつ少しずつ。
息をするように自然に、奴を知り、己を晒し、距離を詰めていく。
 
そうしていくうちに、この秀徳のエース様には、おは朝以外にも、余りにもたくさんのジンクスがあることを知った。バッシュを履き始める足、その紐の結び方、テーピングを巻くのはどの指から、などといったバスケの事柄に始まり、ペンケースに入れられる用途に応じた様々なペンの色、教室に入るときは右足から、財布に忍ばされた生まれ年の5円玉、…挙げだしたらきりがない。
そしてそれを奴が忠実に守っていることが、感心も呆れも通り越して、当たり前になったころ。
 
そう、あれは都大会予選の少し前。
部活の最中、バッシュの紐の結びを間違えたと断りを入れ、一度体育館から出た緑間を、中学時代からは考えられないあまりの練習のハードさに吐いてダウンした俺が、胡乱な眼で奴の器用な指先が靴紐を結び直すのを横で見ていた時。
俺から見ればいつもの通り、美しい蝶結びをされた靴紐が形を崩すのを残念に見詰めながら。
 
全てのことが細かく区切られていて、疲れないの?と俺は聞いた。
 
崩された靴紐に、何故だか無性に腹が立っていた。
どこからどう見ても正確で美しい結び目だった。
それをどうして練習を中断して崩す必要がある?
お前が中心のチームで、お前がメインの練習で、お前がいることが大前提の空間を抜け出してまで。
 
なんでもかんでもルールで縛って、自分の行動範囲を狭めて。
反感を買うとは思わないのか。
どうしてそんなに、自ら生きにくくするんだ。
俺は短い期間だけれどこれまで懇切丁寧に、一番近くで見せてきてやった筈だ。少しでも生きやすくなる方法を。頭のいいお前のことだ、本当は、俺の考えなんてお見通しなんだろう?お前は、沢山の宝石をもっているのに。その価値を知りながら。なんでもっと効率的に効果的に使おうとしない?
 
誰もが、それが欲しくて、欲しくて、欲しくて、手に入らないのに。
 
苛立ちを隠さずに倒れたまま睨みつける俺に、逆にお前は、細かいルールがないと困ったりしないのかと訝しげに問われた。
眉間に寄った皺が深々と、解せない、と告げている。
 
 
その瞬間の、胸に宿った天啓のような思いを、どう表現したらいいだろう。
 
違う。この男は、決して自らを生きにくくしているわけじゃない。
たぶん、俺や他の人間から見たら堅苦しくて仕方ない細かい決まりごとは、この男なりの生きやすくするための、幸運を引きつけるための羅針盤なのだと気付いて。
それにしてはあまりにも不器用で、へたくそで、理解し辛くて、なんだかとても、
 
――悔しいけれど、かわいい、と思った。
 
 
途端に力が抜けて、ぽかんと見上げるだけになってしまった俺をどう思ったのか、緑間は眼鏡のフレームをくい、と押し上げて、小さく、だがそうだな、と告げた。
 
「ルールの多さに疲れると感じることはほとんどないが。・・・ただ、ときどき、息継ぎの仕方が分からなくなるのだよ」
 
「息継ぎ?」
 
「人間は、まぐろではない。」
 
「え、あ、うん?」
 
突拍子もない物言いを、一度受け止めて次を即すのは、出会ってひと月もすれば慣れていた。
ようやく落ち着き始めた身体を無理やり起こして、体育館の引き戸に背中を預けてから、緑間の続きの言葉を待つ。
 
「だから、死ぬまで泳ぎ続けることはできない。適度に、立ち止まっての、息継ぎが必要なのだよ。たとえば目的を達するためには適度な小さな達成点を、試合を全力で越えるためには、間にインターバルを。…人間である俺は、本当に疲労しきってしまう前に、心の中で息継ぎをする必要があるのだよ」
 
これは、もしや。
俺のこれまでの教育の成果か、もしくは初めて見る緑間のデレなのか。
 
 
「真ちゃん。」
 
俺はその時初めて、心の中で決めていたこの男のニックネームを口にした。
 
「なんなのだよ、そのふざけた呼び方は」
 
「俺が、真ちゃん、って呼ぶ時にしなよ。」
 
「………?」
 
「心の息継ぎってやつ。もしも、自分で『限界だな』って思う時が来たらさ。別に俺に言葉にして伝えてくれなくてもいいから、思い出して。俺が『真ちゃん』って言ったら、ホラ、音楽の授業でやった、『ブレス』みたいに。息継ぎしてみてよ。俺、真ちゃんのこころが酸素が足りなくて苦しくないように、いつでも一緒にいて、何度でも真ちゃんって呼んであげるからさ。いや?」
 
「馬鹿者。………そんなに頻繁に息継ぎをしていたら、過呼吸になってしまうのだよ」
 
ムスッとした顔のまま、それでも嫌とは言わないことが答えなのだと思って、俺はもう一度胸の中で、――おおよそ一生、この男にその感情を抱くとは思っていなかったけれど――かわいい、と独り言ちた。
 
 
  
季節は息継ぎとともに巡る。
その日は、馬鹿みたいに暑かった。
誠凜に負けて、練習はよりハードになった。体育館の中はカレンダーが進むにつれてどんどんサウナ化していくのに、それでも日を追うごとにハードになる。いや、部員の誰もがハードになることを心のどこかで望んでいた。酷使すれば身体は悲鳴をあげるけれど、動いていなければ今度は心が叫び出す。練習したい、次こそは負けたくない、練習したい、と。
 
「俺の頭、馬鹿になったみてえ…」
石造りの水飲み場に凭れかかって、俺は少しでも体のだるさを逃がそうと口を動かした。
緑間がばしゃばしゃと音を立てて水道を使っているのを耳で確認してつつ、独白する。
俺さあ。この夏がずーっと続けばいいと思うよ。こんだけしんどくて仕方ないのに。暑さで頭が沸いちゃってんのかもな、ずっとお前と先輩達と優勝するまで、なんて。ハハ、ほんとやっべえな。俺どうしちゃったんだろ。馬鹿だな。暑いと人は馬鹿になるけど、馬鹿になりたいやつが多いから、夏がどんどん暑くなってるのかもしんねえな――そう、俺がいつも通り何ともなしにぺらぺら御託を並べると、いつもは馬鹿め、とか、ふざけるだけの元気があるならもっと体力をつけろ、日陰へ移動しろ、とか。回転の良い頭を最小限動かすだけで適切な返事を返す緑間が、何も言わない。
 
その代り、耳鳴りが聞こえた。
 
 
「みどり、ま」
 
いつの間にか俺と緑真の特等席になっていた、体育館の西側の水飲み場には誰も寄り付かない。けれど、でも、これは。だめだ。
ホークアイで感じる。第六感が悲鳴をあげている。
分かっている、見てはいけない。
それなのに、もう、逃げられないのも、理解っている。
 
真夏の太陽のような、容赦の無い眼光が、焼き尽くすようにまっすぐ俺を見つめていた。
 
開こうとした口より早く、強く引き寄せられて、全ての音が飛んだ。
水道の水で湿った腕の中に閉じ込められて、そのぬるい体温を含んだ生暖かさに何が起こったのかを理解し、胸の奥を稲妻が走った、と思った、次の瞬間。
ぐい、と引き離された。
 
「、すまない」
「え、」
「今のは、俺の失態だ。忘れてくれ」
 
夏の暑さで、俺も、少し馬鹿になってしまった、と普段からは考えられない程小さな声がする。
 
「そんな、ふうに、言われても」
 
目眩がした。緑間が隠し持っている胸元のじゃらじゃらぶら下がった宝石が、ついに具現化したのかと思った。
耳も、目も、自由を奪われてくらくらする。
休息と石造りの水飲み場が与えてくれていた仮初の清涼があっという間に引き剥がされて、肌がひりひりと焼け付くようだ。
――熱いんだ。頬が、頭が、お前が掴んだままの腕が。
息が出来ないんだ。まるで、いつかお前が言ったみたいに、息継ぎが出来ない。
 
俺が馬鹿になっちまったのは、夏のせいなんかじゃないんだ。
 
 
「……もしかしてさあ、おまえは、俺のことをどうにかしたいの?」
 
ああ。俺の馬鹿。
熱さに焼かれて耳と目に続いて口まで麻痺してしまったんだろうか。
忘れてくれ、と言われたことを掘り返すなんて、いつもだったらしない。少なくとも、自分にとって不利になる様な言葉が返ってきそうな時には、絶対に。
 
「……したい。したいが、したくないのだよ」
 
響いた緑間の普段通りの声が、それでもいつもの明朗な言葉を紡がない。
というか、したいのか。そうか、おまえも唯のガキで男なんだな。
俺相手に、血迷っちまったのは、そうだな、おまえが言った通り夏のせいだ。そうでないといけない、おまえは。
 
「そ…っか、へえー、堅物の真ちゃんでも、そんなこと考えちゃうのか〜…夏って怖い!」
 
「茶化すな高尾。……俺だって、男女が交際をしてやるようなことを、したいと思ったりもする。が、俺は男で、お前も男なのだよ」
 
「……うん」
 
ああ、そんな、あたりまえのこと。
あたりまえに、あたりまえのことを、あたりまえではないことばを。
お前に言わせてしまうなんて。
 
 
「何を持って普通、と定義するかは人それぞれだろうが、世に言う一般的な『普通』に交際することは、たぶん難しいのだろう。なまじ、俺とおまえが男同士で『普通』に交際できるとしても、俺は、お前と付き合いたいわけではない」
 
――ずきり、と胸が痛む。
一時の、青春の欲に溺れるほど、この男は馬鹿ではないのだ。
いっそ俺みたいに馬鹿であってくれればよかった。欲に忠実な、ただの雄なら。
そうしたら、言葉でたたみかけて、体をだまして、手に入れられたかもしれないのに。
 
 
 
 
「俺はただ、おまえとずっと一緒にいたいだけなのだよ、高尾。」
 
息がとまる。
 
言葉で人に殺されると、思った。
 
 
 
「永遠、だとか、ずっと、などというものが早々世の中に転がっている筈はないのだよ。だから俺は永遠に近づくために人事を尽くす。恋人同士になれば、濃密な関係になることもできるだろうが、その分冷めたら後は続かなくなる。永遠への道はぐっと狭まる」
 
かちゃり、と緑間がメガネを抑える音が響く。
細く長い指。
美しい放物線を描くことのできる、指。
俺が最も憎み焦がれ善望し、愛しているもの。
 
「俺はこの気持ちの名前を、しらないが、知ってはいけないのだと、思う。」
 
 
――ああ、もう、だめだ。
お手上げだ。
耳も目も口も、頭も、全部痺れて爛れて麻痺してしまう。
これから先、おまえの隣にいるのが俺なんかでいいのか、確かにそう思うのに、熱がまわって頭の別の部分で理性的に考えることを停止させようとしている。
 
お前がそう望むのなら、俺のこれからなんて、一切合切、お前にすべてくれてやれる。
 
 
 
その代償に。
この、ひどくまっすぐで、融通のきかない、
自分の抱いている感情に、理性が勝って名前すらつけられないくらい実直なかわいい男に、
 
その感情の名前を教えてやりたくて。
俺もそうなんだ、って教えてやりたくて。
 
 
 
俺はそっと、触れるだけのくちづけをした。
 
 
「真ちゃん」
心音すら煩く、涙で視界がゆがんで、唇が震えてしまうのは、先の見えないこれからが怖いからじゃない。
いまこの一瞬が、脳天に響くほど幸せだからだ。
 
「俺も人事を尽くすから、高校を出ても、進路が別れても、大人になっても、ずっと一緒にいられるように頑張るから、
 俺のこと『好き』だって言ってよ」
 
緑に揺れた瞳が、ゆっくりとその感情の名前を理解し、愛しい人は呟いた。
「…窒息するかと思ったのだよ」
「ははっ、せっかく俺が教えて覚えたのに、息継ぎの仕方忘れちゃったの?」
 
くすくすと笑うと、拗ねたような顔をする。
茶化すな、と再び漏らす唇に、人差し指を重ねる。
苦しくなるなら俺も一緒に付き合うよ。
 
 
「それじゃあ、真ちゃん、人工呼吸。」
 
今度は、
まるでお互いの息を奪い与え合うかのように。



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S oup(火黒)

彼に料理されたい、と思い始めたのはいつだったろう。


S  oup(火黒)
 



目が覚めると、キッチンから優しいにおいが漂い始めていた。
カーテンから零れる柔らかい日差しが朝を告げる。
のそのそと半分体を起こし、重い瞼を懸命に開こうとしながら、その鼻孔を擽る優しさにまたうつらうつらしてしまう。

僕の大好きな、お味噌汁の出汁のにおいだ。

以前、僕が、どうして火神くんの作るお味噌汁は我が家と見た目や具材はほとんど同じなのに違う味がするんでしょう、と聞くと、彼は少し考えてから、鰹と昆布の一番出汁に煮干しを合わせて使っているからだろう、と答えた。
いや、もしかしたら味噌の配分が違うのかも、それとも黒子のお母さんは関西のほうの人か、それだったら使う味噌も見た目は似ていても種類が全然違うはずだ、米味噌とか麦味噌とか、合わせ味噌とか、と珍しく深く考え始めた彼に、僕は、火神くんの作るお味噌汁が世界で一番おいしいです、と言ったのだ。
その日から、僕が火神くんの家に泊まった次の日の朝食には、必ずお味噌汁が出る。

だからこれは、美味しいにおい、ではなく、優しいにおい、なのだ。


「おーい黒子、起きたのか?そろそろ起きないと…って、おいこら、なんだその体勢は」

半分だけ体を起こして、ぐたっと背中を壁に預けてしてしまっている僕に、火神くんはやれやれ、とでも言いたげな様子で近づいてくる。起きている間のほとんどの時間をバスケットボールに触れて過ごしている手が、その時とは断然優しい素振りで僕の頬に触れる。
この瞬間が、とてつもなく好きだ。

「かがみくん…。おはようございます…」

G'mornin, my dear, …寝癖凄いぞ、直してこいよ、すぐメシできっから」

「ありがとうございます…」


まだまだ微睡んでいたい気持ちを、彼が頬にくれたキスで何とか押し込んで、洗面所を借りるためにベッドを下りる。
瞬間、つきり、と昨夜の情事のあとが痛んだけれど、大したことはない。むしろ、昨日のことが夢ではない証拠に、僕はこっそり胸を撫で下ろす。

火神くんと、そういう関係、になってからそろそろ半年が経つ。


放課後、彼の家に寄ることが日課になったのも、
皆が帰った後に部室でこっそりするキスも、
夜、力強い腕に翻弄されるのにも、
だいぶ慣れたけれど、実は、朝目覚めてから昨晩のことを思い出すことは、未だに慣れない。

勝手知ったる火神くんの家、部屋を出て洗面所で顔を洗うと、目が少しだけ腫れていることに気付く。
ほんのりと色づいた目元を指先で押さえながら、また昨日も泣いてしまったのかと思いを馳せる。
――これが、僕が夜の営みを思い出すことに慣れない理由。

 
どうやら僕には、行為の時、気付かないうちに泣いてしまう癖があるらしい。らしい、というのは、涙を流しているとき、僕自身に全く自覚が無いからだ。それに気づくのは、いつも火神君の方が先。もちろん、それは嫌悪感からくるものではない。生理的なものであり、もっと言えば快楽から来る涙。
 
それでも最中にその涙を見ると、やさしい火神くんは酷く申し訳なさそうな顔をする。その時の僕はもう何が何だか分からなくなっているので、頭の端っこの方でそんな顔をさせてごめんなさいと思いながらも、口から出るのは嬌声だけ。火神くんは困ったように、泣かせてごめんな、気持ちいい?と言いながら涙を舐める。気障に、甘いな、と言ったりもして。ボクの羞恥を高めて、そっと微笑む。もうちょっと、もうちょっと我慢な。気持ちいいよな、もうちょっとで泣かなくてすむからな。目じりに、瞼に、額に、くちびるに、止めどなくキスを落とし、優しく優しく囁く。それと同時に僕の中にある火神くん自身の昂ぶりはキスと共に熱量を増し、彼の言葉通り、行為の終わりが近いことを知る。――いやです、終わっちゃいやです、やめないで、もっと、と声にならない声を届けるように僕は一生懸命かぶりを振る。けれど僕の必死の抵抗も虚しく、気持ちよさに終わりは来てしまうし、火神くんのやさしさもその甲斐無く、僕の涙はその後もほろほろと流れ続け、お互いの努力は徒労に終わってしまう。
 
まあ、その後も結局一度なんかで行為をやめる筈もなく、むしろお互い貪欲なほどに、満たしきれない達成感を求めて数えるのすら億劫なほど逢瀬を重ねるのだから、良いと言えばよいのだけれど。

――あの瞬間の、苦しげにも、嬉しげにも見える顔の火神くんに、言葉を伝えることができないのは酷くもどかしい。
どうやったら、彼に僕の気持ちを完璧に伝え、分かってもらうことが出来るだろう。
彼の腕の中で、いかに僕が幸せなのか。これ以上の幸せなんて無いと感じながら、もっともっと、さらに上を、と望んでしまう浅ましさを。火神くんがたとえそれを知っても、僕を許してほしいと思っていることを。
 
普段から僕が口数が多くないのは周知の事実だ。
もっとも、大切な人に気持ちを言葉で伝える努力を怠るつもりはないけれど、もっと、何かとっておきの、うまい方法は無いものだろうか。
思案していると、開いていた扉の隙間から、極上のにおいが忍び寄ってきた。
……そうだ、スープ。
 
例えば僕のためにいつもお味噌汁を作ってくれるように。
大切にことこと煮詰められて、僕の体の中にある「好き」の気持ちが全部溶けだしたスープを火神くんが飲んで、お腹を満たし、美味しい、とほほえみ言ってくれたなら。

ああ、それならいいなあ、と思う。


僕の身体の中にある火神くんを思う気持ちはすでにどろりと濃く深みを増しているけれど、きっと火神くんは熟したそれを上手に飲み込んでくれる。歯列を滑り舌で送り出してもらい、食道を悠々と通過して、胃に腸にたどり着いた頃には様々な栄養素に分裂していて。ゆっくりと愛するように時間をかけて彼の身体の中を巡って、細胞のひとつひとつに溶け込んで、セックスの最中も、それ以外の時も、僕のことしか考えられないようにするのに。僕に爪の先どころか細胞まで染められてしまった彼に愛されたらどれだけきもちいいだろう。
想像ですら堪らない快楽にぶるりと震える。
けれどすぐ、はた、と気づく。
あ、それはできないか、もう僕はスープになってしまっているんだし。
 
だけど僕が沁み出たスープを飲んで、彼がバスケットをする時のエネルギー源になるなら、それはかなり幸せなことなんじゃないだろうか。
……ひょっとして、彼とセックスをするより、バスケをするより?
 
 
「おい、黒子?まあだ顔洗ってんのか?」
 
お玉を持ちエプロンをしたままの火神くんが、ひょっこりと顔をのぞかす。
気がつけば、思った以上にぼんやりと妄想をしてしまっていたようだ。
すみません、もうすぐ終わります、とやっぱりそう簡単には纏まらないぴょこぴょこ飛び跳ねる髪をひとなでして火神くんに歩み寄る。火神くんはその髪を、僕の大好きなものをたくさん創り出す手でしゃわしゃわとかき乱し、よし、とにっかりと曇りのない笑いかたをした。
途端に思い出す、相反する昨晩の艶冶な彼の姿。
ああ、夜はあんな獣みたいなのに。そんな聖人君子みたいに笑うなんてずるい。
ずくずくと疼きだす胸の奥に我慢がきかない。
 
「かがみくん、」
 
「ん?どうした」
 
「せっかく作ってもらったんですけど・・・朝ごはんの前に、」
 
 
ぼくをたべて。
 
最後まで言葉を発する前に、昨日の虎は瞳に鈍い光を宿して獰猛に微笑んだ。
触れたくちびるから彼が味見をしたのだろうお味噌汁の香りがする。
優しい味に舌がとろける。
「ちょうど良かった、俺ももう腹ペコだったんだ」
いただきます、と耳の裏を舐められたのが、捕食の合図。
こうして僕は、望み通り、火神くんの手にかかって自分もとろとろとした液体になっていったのだった。
 


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no title
120714_140919.jpg
昨日の夜の排出物

なぜかきくろ(笑)


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どうしておまえなんか 2 (米英仏)
 

朝が憂鬱なことは割といつものことだが、夜が憂鬱なのは大抵会う相手によって左右される。

今日は一人でふらりと飲みに出るつもりだった。
会議のホスト国が、夜に一人で出歩いても比較的安全な、馴染み深い国だったからだ。
漆黒の双眸が印象的なホスト国を誘ってもよかったのだけど、どうやら他のやつに先に誘われていたようだったので、気を遣わせても悪いと思ってやめておいた。

久しぶりに、前に行ってみてよかった店に顔を出すか、と考えていたとき、一番聞きたくなかった声に声をかけられた。


「ねえ、今日の夜暇だろ?付き合ってよ、18時にホテルのロビーで待ち合わせで」

会議を終えてすぐスーツを着崩すあたり、数日前の髭の言う通り、俺の教育は至らなかったらしい。
そして、さも行くのが当たり前、というその口調に、カチンときた。


「な、んだよいきなり!それに今日は・・・」

「何か約束でも?」

「あ・・・・ああ・・・」

「ふーん・・・・嘘だね」

「なっ!」

「君、嘘をつくのがヘタすぎるから、気をつけた方がいいんだぞ。」

「そ・・・んなん、おまえには関係ないだろ!それにたとえ用はなくても、一人で飲みたい気分のときだってあるし・・・別に断ったって」

「それなら最初からそういえばいいだろ?それを約束があるかのように取り繕うってことは、『俺と』飲むのが嫌だってことかい?」

「あ・・・・いや・・・・」

「・・・・・まあいいや、じゃあこれは君が嘘をついた罰ってことで。いいね?18時にロビーだよ、
俺はそれまで仕事だから携帯も出れないからね!」

「お、おい・・・・!」


言いたいことだけ言うと、あいつは走って会議室を出て行った。


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Fについて。
 

残業に追われまくって当分竹林やしぶに行ってなかったら・・・・
Fショック・・・・だと!?
私は勝手にフォードかフレッドあたりだと思ってたらフォスター・・・・本家様最高すぐる^///^

もう久しぶりに俺どうしたっていう勢いで、ぐぐってやふって大変でした←
あらぶる腕が一通りf/o/s/t/e/rについて調べ終わると、
しみじみ・・・・俺・・・・米英好きだわ・・・・と独りごちました。

名づけには色々な解釈があると思うけど、
あくまで私の夢物語としては、
ア/ル/フ/レ/ッ/ド→イギが命名、由来→妖精王の名前、この名前の賢者の多さから
ジ/ョ/ー/ン/ズ→独立後、メリカが自分でつける。(それまでナシ、必要な時は英のを借りる感じ)
由来→色々思うところがあったに違いない。宗教改革の先駆者の名前でもあるし、英でよくある名前でもあるし、すっごいアクドイ見方をしたら、独立ちょっと前に出た小説の影響もあるのかもしれない、というまとまりきらない妄想。
フ/ォ/ス/タ/ー→英が考えて、考えて、いくつか出た案の中で、仏にーちゃんがうまいこと誘導してこれにしたらいいな  ていう妄想。


いや、もうこのFショックだけで私今月はいける気がする!←



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どうしておまえなんか 1 (米英仏)
 

俺は確かに男も女もいけるくちだった。
好みだったら男でも女でもよかった。
時に紳士に、時に淫らに、何人と「そう」なったかしれない。
それに違和感も感じなかった。


けど、おまえは違う。

おまえは、俺にとって、「男」でも「女」でもなかった。
「弟」だった。

「そう」なる対象じゃ、なかった。





「なのにどうして・・・・」

ジンがのどを焼く。
強い酒を続けて飲むと、味なんかよりもこの感覚を追いかけて飲んでいる錯覚に陥る。
追っても追っても癖になる、あの行為に似ている。


「おまえ、さっきから『どうしてどうして』って、何言ってんだよ、おにーさんわけわかんない」

カラン、とバカラを鳴らして、リキュールを飲む髭が、訝しげに俺を見つつ溜息をつく。

「…まあどうせ、おまえのことだ、あのボーヤのことだろうけど」


俺は何も言わない。
何も言わずしこたま飲みたいから、コイツを誘ったのだ。
悔しいけれど、今の気分のときにコイツ以上の飲み相手を知らない。

それを向こうも重々承知のようで、こちらの返答も待たずぺらぺらと一人で話を続けている。
上手い酒、良い店でBGMに男の声というのは最低だが、一人で飲むことを考えれば少しはマシだ。

一人で飲むと、自分が酔っているのか酔っていないのかもわからなくなる。
・・・・自分の意思すら、わからなくなる。



「・・・・っていうかさ、いい加減、おまえも腹を括ったら?」

6杯目があいた頃、おもむろに疑問符を投げられた。


「・・・ああ?」

少し気分がよくなってきたところに水をさされ、不機嫌に返答する。
やれやれ、というポージングが鼻につく。


「アイツが言うに事欠いてこの間俺になんていったか知ってる?」

「んなこと俺が知るわけねーだろ!!」



「『彼の「イイトコロ」全部教えてよ、今度から君の役を俺が引き受けるから』」



「・・・・ッ・・・・」


「おまえ、アイツにどーゆー教育したんだよ」

「俺が、知るかよッ!!おまえの影響なんじゃねーのか!」

「やーだやだ、悪いことは全部俺のせいかよ,、エロ大使が聞いてあきれるね」

「・・・・shit!」


ウエイターが7杯目として置いてくれたエールをぐいっと飲みほす。

何もかも忘れてしまいたい。



「・・・・で。結局おまえどうするの。アイツのこと。」

いつになく髭が真顔でこちらを見ているのは気のせいだ。
でなければやってられるか。



「・・・どうしようも、ねえよ。俺にとってあいつは、あいつがどう思っていていようと、『弟』だ。」


8杯目に頼んだソルティドックの塩が、俺の気持ちとは裏腹にきらきらと輝いていた。


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何気ない表情
20110109022614.jpg
が、色っぽいはずなのに…

まだまだ私が思う彼には程遠い…!


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雨(米英?)
 


雨の夜は寝つきが悪いことを、あいつは知っている。

「君んちだと1年の半分以上は寝不足になるってことだね!馬鹿だね!」

けたけたとあいつは笑い、それでも電話を切る直前に一言、おやすみアーサー、良い夢を。と呟いた。
その一言がまた俺を眠れなくさせる。あいつは分かっているんだろうか。知っているとしたら酷い嫌がらせだ。


おまえのほうが本当は寝不足だろうに。

内政やら外交やら、あいつが忙しなく働きづめで、さっきの電話だって遅い夕飯を食べながらの電話だった。
それでも雨の時期になると、3日と空けずに電話をかけてくる。

内容は些細なことだ。
新しいパン屋がおいしいだとか、今年は海に行けなかったとか、新しいシャツがとてもよかったとか。

だけどその声を聞くだけで、俺が泣きたい気分になること、おまえは知らないだろう?

「今年の梅雨が長引くとしたらおまえのせいだ、ばぁか。」

そうして何年も何年も。
長い梅雨を続けてきていくのだろうけれど。

長い梅雨のほんの僅かな面映ゆい理由を、奴に教えてやる気は、まだない。


もぞ、と寝がえりを一つうつ。



遠いどこかで、雨が香った気がした。


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