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S oup(火黒)

彼に料理されたい、と思い始めたのはいつだったろう。


S  oup(火黒)
 



目が覚めると、キッチンから優しいにおいが漂い始めていた。
カーテンから零れる柔らかい日差しが朝を告げる。
のそのそと半分体を起こし、重い瞼を懸命に開こうとしながら、その鼻孔を擽る優しさにまたうつらうつらしてしまう。

僕の大好きな、お味噌汁の出汁のにおいだ。

以前、僕が、どうして火神くんの作るお味噌汁は我が家と見た目や具材はほとんど同じなのに違う味がするんでしょう、と聞くと、彼は少し考えてから、鰹と昆布の一番出汁に煮干しを合わせて使っているからだろう、と答えた。
いや、もしかしたら味噌の配分が違うのかも、それとも黒子のお母さんは関西のほうの人か、それだったら使う味噌も見た目は似ていても種類が全然違うはずだ、米味噌とか麦味噌とか、合わせ味噌とか、と珍しく深く考え始めた彼に、僕は、火神くんの作るお味噌汁が世界で一番おいしいです、と言ったのだ。
その日から、僕が火神くんの家に泊まった次の日の朝食には、必ずお味噌汁が出る。

だからこれは、美味しいにおい、ではなく、優しいにおい、なのだ。


「おーい黒子、起きたのか?そろそろ起きないと…って、おいこら、なんだその体勢は」

半分だけ体を起こして、ぐたっと背中を壁に預けてしてしまっている僕に、火神くんはやれやれ、とでも言いたげな様子で近づいてくる。起きている間のほとんどの時間をバスケットボールに触れて過ごしている手が、その時とは断然優しい素振りで僕の頬に触れる。
この瞬間が、とてつもなく好きだ。

「かがみくん…。おはようございます…」

G'mornin, my dear, …寝癖凄いぞ、直してこいよ、すぐメシできっから」

「ありがとうございます…」


まだまだ微睡んでいたい気持ちを、彼が頬にくれたキスで何とか押し込んで、洗面所を借りるためにベッドを下りる。
瞬間、つきり、と昨夜の情事のあとが痛んだけれど、大したことはない。むしろ、昨日のことが夢ではない証拠に、僕はこっそり胸を撫で下ろす。

火神くんと、そういう関係、になってからそろそろ半年が経つ。


放課後、彼の家に寄ることが日課になったのも、
皆が帰った後に部室でこっそりするキスも、
夜、力強い腕に翻弄されるのにも、
だいぶ慣れたけれど、実は、朝目覚めてから昨晩のことを思い出すことは、未だに慣れない。

勝手知ったる火神くんの家、部屋を出て洗面所で顔を洗うと、目が少しだけ腫れていることに気付く。
ほんのりと色づいた目元を指先で押さえながら、また昨日も泣いてしまったのかと思いを馳せる。
――これが、僕が夜の営みを思い出すことに慣れない理由。

 
どうやら僕には、行為の時、気付かないうちに泣いてしまう癖があるらしい。らしい、というのは、涙を流しているとき、僕自身に全く自覚が無いからだ。それに気づくのは、いつも火神君の方が先。もちろん、それは嫌悪感からくるものではない。生理的なものであり、もっと言えば快楽から来る涙。
 
それでも最中にその涙を見ると、やさしい火神くんは酷く申し訳なさそうな顔をする。その時の僕はもう何が何だか分からなくなっているので、頭の端っこの方でそんな顔をさせてごめんなさいと思いながらも、口から出るのは嬌声だけ。火神くんは困ったように、泣かせてごめんな、気持ちいい?と言いながら涙を舐める。気障に、甘いな、と言ったりもして。ボクの羞恥を高めて、そっと微笑む。もうちょっと、もうちょっと我慢な。気持ちいいよな、もうちょっとで泣かなくてすむからな。目じりに、瞼に、額に、くちびるに、止めどなくキスを落とし、優しく優しく囁く。それと同時に僕の中にある火神くん自身の昂ぶりはキスと共に熱量を増し、彼の言葉通り、行為の終わりが近いことを知る。――いやです、終わっちゃいやです、やめないで、もっと、と声にならない声を届けるように僕は一生懸命かぶりを振る。けれど僕の必死の抵抗も虚しく、気持ちよさに終わりは来てしまうし、火神くんのやさしさもその甲斐無く、僕の涙はその後もほろほろと流れ続け、お互いの努力は徒労に終わってしまう。
 
まあ、その後も結局一度なんかで行為をやめる筈もなく、むしろお互い貪欲なほどに、満たしきれない達成感を求めて数えるのすら億劫なほど逢瀬を重ねるのだから、良いと言えばよいのだけれど。

――あの瞬間の、苦しげにも、嬉しげにも見える顔の火神くんに、言葉を伝えることができないのは酷くもどかしい。
どうやったら、彼に僕の気持ちを完璧に伝え、分かってもらうことが出来るだろう。
彼の腕の中で、いかに僕が幸せなのか。これ以上の幸せなんて無いと感じながら、もっともっと、さらに上を、と望んでしまう浅ましさを。火神くんがたとえそれを知っても、僕を許してほしいと思っていることを。
 
普段から僕が口数が多くないのは周知の事実だ。
もっとも、大切な人に気持ちを言葉で伝える努力を怠るつもりはないけれど、もっと、何かとっておきの、うまい方法は無いものだろうか。
思案していると、開いていた扉の隙間から、極上のにおいが忍び寄ってきた。
……そうだ、スープ。
 
例えば僕のためにいつもお味噌汁を作ってくれるように。
大切にことこと煮詰められて、僕の体の中にある「好き」の気持ちが全部溶けだしたスープを火神くんが飲んで、お腹を満たし、美味しい、とほほえみ言ってくれたなら。

ああ、それならいいなあ、と思う。


僕の身体の中にある火神くんを思う気持ちはすでにどろりと濃く深みを増しているけれど、きっと火神くんは熟したそれを上手に飲み込んでくれる。歯列を滑り舌で送り出してもらい、食道を悠々と通過して、胃に腸にたどり着いた頃には様々な栄養素に分裂していて。ゆっくりと愛するように時間をかけて彼の身体の中を巡って、細胞のひとつひとつに溶け込んで、セックスの最中も、それ以外の時も、僕のことしか考えられないようにするのに。僕に爪の先どころか細胞まで染められてしまった彼に愛されたらどれだけきもちいいだろう。
想像ですら堪らない快楽にぶるりと震える。
けれどすぐ、はた、と気づく。
あ、それはできないか、もう僕はスープになってしまっているんだし。
 
だけど僕が沁み出たスープを飲んで、彼がバスケットをする時のエネルギー源になるなら、それはかなり幸せなことなんじゃないだろうか。
……ひょっとして、彼とセックスをするより、バスケをするより?
 
 
「おい、黒子?まあだ顔洗ってんのか?」
 
お玉を持ちエプロンをしたままの火神くんが、ひょっこりと顔をのぞかす。
気がつけば、思った以上にぼんやりと妄想をしてしまっていたようだ。
すみません、もうすぐ終わります、とやっぱりそう簡単には纏まらないぴょこぴょこ飛び跳ねる髪をひとなでして火神くんに歩み寄る。火神くんはその髪を、僕の大好きなものをたくさん創り出す手でしゃわしゃわとかき乱し、よし、とにっかりと曇りのない笑いかたをした。
途端に思い出す、相反する昨晩の艶冶な彼の姿。
ああ、夜はあんな獣みたいなのに。そんな聖人君子みたいに笑うなんてずるい。
ずくずくと疼きだす胸の奥に我慢がきかない。
 
「かがみくん、」
 
「ん?どうした」
 
「せっかく作ってもらったんですけど・・・朝ごはんの前に、」
 
 
ぼくをたべて。
 
最後まで言葉を発する前に、昨日の虎は瞳に鈍い光を宿して獰猛に微笑んだ。
触れたくちびるから彼が味見をしたのだろうお味噌汁の香りがする。
優しい味に舌がとろける。
「ちょうど良かった、俺ももう腹ペコだったんだ」
いただきます、と耳の裏を舐められたのが、捕食の合図。
こうして僕は、望み通り、火神くんの手にかかって自分もとろとろとした液体になっていったのだった。
 


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