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B reath(緑高)

初めて見た時、
酷く、生きにくそうな奴だと思ったんだ。
 


B reath(緑高)

 
その姿を初めて間近で見たのは、入学式より少し前のことだ。
そこそこの進学校でありながら、長年強豪の看板を背負っている秀徳高校バスケ部は、入学前の春休みから新一年生を練習に参加させる。
4月に入れば入学式・オリエンテーション・入学実力テストと慌ただしく、5月になればすぐにインターハイの予選が始まる。それならば少しでも早くバスケ部の空気に慣れるように、との配慮のためである。
 
そこで、俺は『キセキの世代・緑間真太郎』とまみえることとなった。
 
俺も中学からずっとバスケをしてきたから、その存在とか、顔や特徴くらいは知っていた。なにせ『帝光中学のキセキの世代』ともなれば、月バスで特集されるくらいなのだ。
試合で当たることなど無くても、存在くらい嫌でも認知できる。
 
けれど、やっぱり紙の上で見るのと、実際に見るのは違うのだと、その姿を目に映して実感した。
 
そこに存在していたのは、圧倒的な『王者』の風貌だった。
 
バスケをしている人間なら誰もが羨む、神様に愛された才能、恵まれた高い身長、追随を許さない身体能力。さらに整った端正な顔だちとやたら目を引く容姿、相手を圧倒する存在感。プラスアルファで、どうやら頭もいいらしい。
 
「なのだよ」という変わった言葉遣いと、部内で一日三つまで我儘が通る、という目に見える贔屓は確かに他者を遠ざけるには十分な材料だったけれど、それはあくまでも材料。もしもほんの数滴でも、この男に親しみやすさというエッセンスがあったなら、もっとこいつの、いち人間としての見られ方は違ったのかもしれない、と、俺は思った。
 
先輩や同級生たちは、緑間のことを一言『変人』という言葉でくくった。
いや、変人なのは確かに間違いない。
けれど俺には緑間は、あまりにも色々なものに頑な過ぎて、自分でもハイスペックをもてあまし、自分自身を料理しきれていないように感じた。
 
面白い。
 
無いスペックをある様に見せようとする奴や、自分のスペックを過大評価する奴、そういう奴はこれまで嫌と言うほど見てきた。
けれど、たくさんの宝石をぶら下げて、ここまで無防備でいる人間は初めてだ。
 
だから俺は、あいつと少し、距離を詰めてみよう、と思ったのだ。
 
 
生きにくそうな人間に、ほんの少しだけ『生きやすくなる方法』を示すこと。
それは俺が最も得意なことの一つであると自負していたし、俺の中にほんのりと優越感を灯す行為の一つだった。
 
人との距離を詰めるには、実はいくつかのポイントを押さえればそう難しいことではない、というのが俺の持論だ。
好きなことを知ること。
自分からよわさをみせること。
苦手なことを強要しないこと。
エトセトラ、エトセトラ。
 
共に過ごす教室の中、コートの中、登下校の時間の中で、少しずつ少しずつ。
息をするように自然に、奴を知り、己を晒し、距離を詰めていく。
 
そうしていくうちに、この秀徳のエース様には、おは朝以外にも、余りにもたくさんのジンクスがあることを知った。バッシュを履き始める足、その紐の結び方、テーピングを巻くのはどの指から、などといったバスケの事柄に始まり、ペンケースに入れられる用途に応じた様々なペンの色、教室に入るときは右足から、財布に忍ばされた生まれ年の5円玉、…挙げだしたらきりがない。
そしてそれを奴が忠実に守っていることが、感心も呆れも通り越して、当たり前になったころ。
 
そう、あれは都大会予選の少し前。
部活の最中、バッシュの紐の結びを間違えたと断りを入れ、一度体育館から出た緑間を、中学時代からは考えられないあまりの練習のハードさに吐いてダウンした俺が、胡乱な眼で奴の器用な指先が靴紐を結び直すのを横で見ていた時。
俺から見ればいつもの通り、美しい蝶結びをされた靴紐が形を崩すのを残念に見詰めながら。
 
全てのことが細かく区切られていて、疲れないの?と俺は聞いた。
 
崩された靴紐に、何故だか無性に腹が立っていた。
どこからどう見ても正確で美しい結び目だった。
それをどうして練習を中断して崩す必要がある?
お前が中心のチームで、お前がメインの練習で、お前がいることが大前提の空間を抜け出してまで。
 
なんでもかんでもルールで縛って、自分の行動範囲を狭めて。
反感を買うとは思わないのか。
どうしてそんなに、自ら生きにくくするんだ。
俺は短い期間だけれどこれまで懇切丁寧に、一番近くで見せてきてやった筈だ。少しでも生きやすくなる方法を。頭のいいお前のことだ、本当は、俺の考えなんてお見通しなんだろう?お前は、沢山の宝石をもっているのに。その価値を知りながら。なんでもっと効率的に効果的に使おうとしない?
 
誰もが、それが欲しくて、欲しくて、欲しくて、手に入らないのに。
 
苛立ちを隠さずに倒れたまま睨みつける俺に、逆にお前は、細かいルールがないと困ったりしないのかと訝しげに問われた。
眉間に寄った皺が深々と、解せない、と告げている。
 
 
その瞬間の、胸に宿った天啓のような思いを、どう表現したらいいだろう。
 
違う。この男は、決して自らを生きにくくしているわけじゃない。
たぶん、俺や他の人間から見たら堅苦しくて仕方ない細かい決まりごとは、この男なりの生きやすくするための、幸運を引きつけるための羅針盤なのだと気付いて。
それにしてはあまりにも不器用で、へたくそで、理解し辛くて、なんだかとても、
 
――悔しいけれど、かわいい、と思った。
 
 
途端に力が抜けて、ぽかんと見上げるだけになってしまった俺をどう思ったのか、緑間は眼鏡のフレームをくい、と押し上げて、小さく、だがそうだな、と告げた。
 
「ルールの多さに疲れると感じることはほとんどないが。・・・ただ、ときどき、息継ぎの仕方が分からなくなるのだよ」
 
「息継ぎ?」
 
「人間は、まぐろではない。」
 
「え、あ、うん?」
 
突拍子もない物言いを、一度受け止めて次を即すのは、出会ってひと月もすれば慣れていた。
ようやく落ち着き始めた身体を無理やり起こして、体育館の引き戸に背中を預けてから、緑間の続きの言葉を待つ。
 
「だから、死ぬまで泳ぎ続けることはできない。適度に、立ち止まっての、息継ぎが必要なのだよ。たとえば目的を達するためには適度な小さな達成点を、試合を全力で越えるためには、間にインターバルを。…人間である俺は、本当に疲労しきってしまう前に、心の中で息継ぎをする必要があるのだよ」
 
これは、もしや。
俺のこれまでの教育の成果か、もしくは初めて見る緑間のデレなのか。
 
 
「真ちゃん。」
 
俺はその時初めて、心の中で決めていたこの男のニックネームを口にした。
 
「なんなのだよ、そのふざけた呼び方は」
 
「俺が、真ちゃん、って呼ぶ時にしなよ。」
 
「………?」
 
「心の息継ぎってやつ。もしも、自分で『限界だな』って思う時が来たらさ。別に俺に言葉にして伝えてくれなくてもいいから、思い出して。俺が『真ちゃん』って言ったら、ホラ、音楽の授業でやった、『ブレス』みたいに。息継ぎしてみてよ。俺、真ちゃんのこころが酸素が足りなくて苦しくないように、いつでも一緒にいて、何度でも真ちゃんって呼んであげるからさ。いや?」
 
「馬鹿者。………そんなに頻繁に息継ぎをしていたら、過呼吸になってしまうのだよ」
 
ムスッとした顔のまま、それでも嫌とは言わないことが答えなのだと思って、俺はもう一度胸の中で、――おおよそ一生、この男にその感情を抱くとは思っていなかったけれど――かわいい、と独り言ちた。
 
 
  
季節は息継ぎとともに巡る。
その日は、馬鹿みたいに暑かった。
誠凜に負けて、練習はよりハードになった。体育館の中はカレンダーが進むにつれてどんどんサウナ化していくのに、それでも日を追うごとにハードになる。いや、部員の誰もがハードになることを心のどこかで望んでいた。酷使すれば身体は悲鳴をあげるけれど、動いていなければ今度は心が叫び出す。練習したい、次こそは負けたくない、練習したい、と。
 
「俺の頭、馬鹿になったみてえ…」
石造りの水飲み場に凭れかかって、俺は少しでも体のだるさを逃がそうと口を動かした。
緑間がばしゃばしゃと音を立てて水道を使っているのを耳で確認してつつ、独白する。
俺さあ。この夏がずーっと続けばいいと思うよ。こんだけしんどくて仕方ないのに。暑さで頭が沸いちゃってんのかもな、ずっとお前と先輩達と優勝するまで、なんて。ハハ、ほんとやっべえな。俺どうしちゃったんだろ。馬鹿だな。暑いと人は馬鹿になるけど、馬鹿になりたいやつが多いから、夏がどんどん暑くなってるのかもしんねえな――そう、俺がいつも通り何ともなしにぺらぺら御託を並べると、いつもは馬鹿め、とか、ふざけるだけの元気があるならもっと体力をつけろ、日陰へ移動しろ、とか。回転の良い頭を最小限動かすだけで適切な返事を返す緑間が、何も言わない。
 
その代り、耳鳴りが聞こえた。
 
 
「みどり、ま」
 
いつの間にか俺と緑真の特等席になっていた、体育館の西側の水飲み場には誰も寄り付かない。けれど、でも、これは。だめだ。
ホークアイで感じる。第六感が悲鳴をあげている。
分かっている、見てはいけない。
それなのに、もう、逃げられないのも、理解っている。
 
真夏の太陽のような、容赦の無い眼光が、焼き尽くすようにまっすぐ俺を見つめていた。
 
開こうとした口より早く、強く引き寄せられて、全ての音が飛んだ。
水道の水で湿った腕の中に閉じ込められて、そのぬるい体温を含んだ生暖かさに何が起こったのかを理解し、胸の奥を稲妻が走った、と思った、次の瞬間。
ぐい、と引き離された。
 
「、すまない」
「え、」
「今のは、俺の失態だ。忘れてくれ」
 
夏の暑さで、俺も、少し馬鹿になってしまった、と普段からは考えられない程小さな声がする。
 
「そんな、ふうに、言われても」
 
目眩がした。緑間が隠し持っている胸元のじゃらじゃらぶら下がった宝石が、ついに具現化したのかと思った。
耳も、目も、自由を奪われてくらくらする。
休息と石造りの水飲み場が与えてくれていた仮初の清涼があっという間に引き剥がされて、肌がひりひりと焼け付くようだ。
――熱いんだ。頬が、頭が、お前が掴んだままの腕が。
息が出来ないんだ。まるで、いつかお前が言ったみたいに、息継ぎが出来ない。
 
俺が馬鹿になっちまったのは、夏のせいなんかじゃないんだ。
 
 
「……もしかしてさあ、おまえは、俺のことをどうにかしたいの?」
 
ああ。俺の馬鹿。
熱さに焼かれて耳と目に続いて口まで麻痺してしまったんだろうか。
忘れてくれ、と言われたことを掘り返すなんて、いつもだったらしない。少なくとも、自分にとって不利になる様な言葉が返ってきそうな時には、絶対に。
 
「……したい。したいが、したくないのだよ」
 
響いた緑間の普段通りの声が、それでもいつもの明朗な言葉を紡がない。
というか、したいのか。そうか、おまえも唯のガキで男なんだな。
俺相手に、血迷っちまったのは、そうだな、おまえが言った通り夏のせいだ。そうでないといけない、おまえは。
 
「そ…っか、へえー、堅物の真ちゃんでも、そんなこと考えちゃうのか〜…夏って怖い!」
 
「茶化すな高尾。……俺だって、男女が交際をしてやるようなことを、したいと思ったりもする。が、俺は男で、お前も男なのだよ」
 
「……うん」
 
ああ、そんな、あたりまえのこと。
あたりまえに、あたりまえのことを、あたりまえではないことばを。
お前に言わせてしまうなんて。
 
 
「何を持って普通、と定義するかは人それぞれだろうが、世に言う一般的な『普通』に交際することは、たぶん難しいのだろう。なまじ、俺とおまえが男同士で『普通』に交際できるとしても、俺は、お前と付き合いたいわけではない」
 
――ずきり、と胸が痛む。
一時の、青春の欲に溺れるほど、この男は馬鹿ではないのだ。
いっそ俺みたいに馬鹿であってくれればよかった。欲に忠実な、ただの雄なら。
そうしたら、言葉でたたみかけて、体をだまして、手に入れられたかもしれないのに。
 
 
 
 
「俺はただ、おまえとずっと一緒にいたいだけなのだよ、高尾。」
 
息がとまる。
 
言葉で人に殺されると、思った。
 
 
 
「永遠、だとか、ずっと、などというものが早々世の中に転がっている筈はないのだよ。だから俺は永遠に近づくために人事を尽くす。恋人同士になれば、濃密な関係になることもできるだろうが、その分冷めたら後は続かなくなる。永遠への道はぐっと狭まる」
 
かちゃり、と緑間がメガネを抑える音が響く。
細く長い指。
美しい放物線を描くことのできる、指。
俺が最も憎み焦がれ善望し、愛しているもの。
 
「俺はこの気持ちの名前を、しらないが、知ってはいけないのだと、思う。」
 
 
――ああ、もう、だめだ。
お手上げだ。
耳も目も口も、頭も、全部痺れて爛れて麻痺してしまう。
これから先、おまえの隣にいるのが俺なんかでいいのか、確かにそう思うのに、熱がまわって頭の別の部分で理性的に考えることを停止させようとしている。
 
お前がそう望むのなら、俺のこれからなんて、一切合切、お前にすべてくれてやれる。
 
 
 
その代償に。
この、ひどくまっすぐで、融通のきかない、
自分の抱いている感情に、理性が勝って名前すらつけられないくらい実直なかわいい男に、
 
その感情の名前を教えてやりたくて。
俺もそうなんだ、って教えてやりたくて。
 
 
 
俺はそっと、触れるだけのくちづけをした。
 
 
「真ちゃん」
心音すら煩く、涙で視界がゆがんで、唇が震えてしまうのは、先の見えないこれからが怖いからじゃない。
いまこの一瞬が、脳天に響くほど幸せだからだ。
 
「俺も人事を尽くすから、高校を出ても、進路が別れても、大人になっても、ずっと一緒にいられるように頑張るから、
 俺のこと『好き』だって言ってよ」
 
緑に揺れた瞳が、ゆっくりとその感情の名前を理解し、愛しい人は呟いた。
「…窒息するかと思ったのだよ」
「ははっ、せっかく俺が教えて覚えたのに、息継ぎの仕方忘れちゃったの?」
 
くすくすと笑うと、拗ねたような顔をする。
茶化すな、と再び漏らす唇に、人差し指を重ねる。
苦しくなるなら俺も一緒に付き合うよ。
 
 
「それじゃあ、真ちゃん、人工呼吸。」
 
今度は、
まるでお互いの息を奪い与え合うかのように。



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